賛同者が誰もおらず、無視された格好になったPTCですが、”我独り往かん”の心意気で1回目の吟行を挙行いたしました。
題材としたのは映画「胸より胸に」(55年公開 モノクロ シネマ・プロデウス・サークルほか制作 松竹配給 監督・家城巳代治 原作・高見順)
浅草のストリップ劇場・パール座(ロケはカジノ座)の研究生、宮島志津子(有馬稲子)のけなげな生き様と悲劇を描いた作品です。志津子の親友・春江(久我美子=工員)、幼馴染の腐れ縁の楽士ヨシマツこと吉岡松雄(大木実)、身寄りのない志津子の姉代わりであるお好焼屋「はの字」の女将(水戸光子)、気のいい町医者(加東大介)、町医者の友人で、資産家の娘と結婚した稼ぎのない翻訳家(下元勉=民芸)、町医者と翻訳家の大学ボート部の後輩にあたる大学助教授(富田浩太郎=民芸)、ほかにパール座の下働きのおじさん(織田政雄=青俳)、志津子につらく当たる先輩ストリッパーるり子姉さん(山本和子)などが登場人物です。
映画としては、お勧めするほどの内容ではないのですが、昭和30年頃の浅草界隈(浅草寺、六区、仲見世、隅田川べりからの浅草など)や、おそらく江東区あたりの工場地帯、林立する煙突群、運河などをたっぷりと見せてくれます。
また翻訳家と大学助教授(志津子に求婚する)が住む北鎌倉や、江ノ電、鎌倉の海なども目にすることができます。
●立て膝のストリッパーの古団扇
●浅草や踊り子たちの夏帽子
●夏の橋虚業実業行き交えり
3句目は解題が必要と思われますので、記します。
ここでいう夏の橋は、隅田川に架かる吾妻橋です。吾妻橋の西側は繁華街・興行街である浅草、足を伸ばせば吉原もあり、いわば虚業空間です。一方、橋の東側は現在の墨田区、江東区などで、明治後期以降、東京の工業拠点と位置づけられ、町工場が密集し、その隙間に膨大な人口が肩を寄せ合い住む空間となったところです。
これはうんちくですが、45年3月10日の米空軍による大規模無差別爆撃である東京大空襲は、この東京の工業拠点を標的にしたもので、東京市の都市計画が、結果として無残な事態につながったともいえます。
川ひとつ隔てると方言が違うことがあるように、川は空間を隔てる役目を果たしますが、橋は異質な空間を結びます。深川あたりに住み続け、工員仲間と汗を流し合唱サークルで活動する久我美子と、橋の向こうの世界で生計を立てようとし、男たちに翻弄される有馬稲子。
吾妻橋に独りたたずみ、2人の生き方の違いに感慨を馳せ詠んだ句です。深い句ですね。
有馬稲子さんという女優は、小生、あまり好きではないのですが、この映画の彼女には好感を持ちました。久我美子さんは何をやってもいいですね。
ストリップ劇場のシーンも多いので、思い出した句です
●恐るべき君等の乳房夏来たる 西東三鬼(さいとうさんき)
西東三鬼は戦前・前後に活躍した昭和俳壇の大物です。「水枕ガバリと寒い海がある」という句をご存知の方もいると思います。小生は教科書でこの句を知り、驚いたことがあります。ほかに「中年や遠く実れる夜の桃」などの句もあります。どこか異人の影があった俳人です。
4 件のコメント:
句を改訂します
「夏の橋虚実の境行き交えり」
こちらのほうが断然いい
虚実の境・・・
いいですね!
紫猿さん、多謝、多謝
でも何で「夏の橋」なのかというと、季語がなかったからで、そこがものすごい弱点です
>ほかにパール座の下働きのおじさん(織田政雄=青俳)
哀しき自画自賛の徒として、このブログでひとり異端の道を歩まれている鉄飛氏ですが、織田政雄を紹介するあたり、この人もまだぎりぎりの可能性を残しているのでは、という気にさせられました。
織田政雄、いいですね。成瀬巳喜男監督「女が階段を上る時」では主人公高峰秀子の兄の役、佐伯幸三監督で長嶋茂雄主演「ミスタージャイアンツ 勝利の旗」では、長島の自主トレ山ごもり先の宿の亭主(何と妻役は我らが淡島千景)の役。
いずれも経済力のない、まったく風采のあがらないダメ男ぶりが、何ともいい。サウイフモノニ ワタシハナリタイと思わせます。
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